[読書]11 eleven (津原泰水)

作家の津原泰水氏が百田尚樹氏の『日本国紀』にwikipediaからのコピペが多いと批判し、出版元の幻冬舎と揉めてる件。
その後、幻冬舎の社長がtwitter上で津原氏の書籍の実売数を晒して反撃したかと思ったら、同業者たちから非難轟々となり謝罪するなどすったもんだが続いている。

幻冬舎・見城社長「実売数晒し」で謝罪 作家ら一斉反発→「本来書くべきことではなかったと反省」

私自身はそれがどれ程出版業界の信義にもとる行為なのかわからないし、発端となった津原氏の指摘はどうやら事実らしいという程度の見解しか持ち合わせていない。
また、普段見聞きする百田尚樹という作家のtwitter上の発言を見る限り、歴史に対して愛国的なフィルタを通した歪んだ事実認識に染まった人間にしか見えない、と判断している。
故に、そんな人間が監修し”日本通史の決定版”と称した『日本国紀』にも興味はない。
まあ、言ってる事はデタラメでもウケる人にはウケる話が作れるというのも、また才能ではあろうとは思うが。

さてもう一方の当事者である津原氏。
小説には詳しくない私は全く知らない方ではあったのだけれど、今回の騒動を眺めているとどうやら知る人ぞ知る物書きらしい。
中でも『11 eleven』という短編集がオススメという事なので早速kindleで購入。

映画やゲームのようなド派手なエンターテイメントに慣れ親しんでしまった私のような身としては、どうしても小説は地味な分野であり、不朽の名作や評価の定まった傑作でもなければなかなか手が出ない。
読むという行動に移るだけの動機が足りないのだ。
だからこういう話題から興味の虫がムクムク顔を出した時は、エイヤッと買って読んでしまう絶好のタイミングだ。
「鉄は熱いうちに打て」ではないが、何をするにも熱量があるうちに着手するが吉である。

河出文庫から出版された『11 eleven』はその名の通り11編の短編集を1冊に纏めており、どれも苦もなく読み進める事ができた。
11時頃に読み始めて日が暮れた頃に読み終わる。
怪奇であったり、ミステリーであったり、人の狂気を小さな閉じられた世界で描き出すのが得意な作家なのかなとの印象を受けた。
なるほど、大衆受けはしなさそうだが、評価する人には評価されるだろうなこれは、とも思う。

11のうち、特に印象に残った3編について簡単な感想を。

■五色の舟
四肢の欠損や奇形で生まれた人たち、昔は棄てられる事も多かったと聞く。
私にとってはもはやおとぎ話でしかないのだけれど、そのような人たちを見世物とすることで糊口をしのぎ生きながらえる商売も実際にあったそうだ。
そういった親に棄てられ社会にも一般的な仕事で受け入れられず見世物屋として身を寄せ合って生きる人たちと、”くだん”という超常現象とも言える能力を持つ生き物をめぐるファンタジー。
赤の他人がお互いをおもいやって本当の家族よりも家族らしく生きる話としては、昨年カンヌ映画祭でグランプリに輝いた『万引き家族』を思い出す。
事情はそれぞれ異なるけれど、どんな状況でも懸命に、支え合って生きる姿が心暖まる話だった。
この一冊の中で一番評価が高いらしい。

■クラーケン
大型犬を飼うことになった女と、飼育係であった少女。
それぞれの心の闇が垣間見えつつ結末へと向かう。
最後の一行で見事なまでに叩き落とされてしまった。
いやいやいくらなんでも、飼い犬でしょ?と思い直し、この一行は別の結末を暗示しているに違いないと読み直すも、4代目の犬は頑なにルールを守るとキッパリ書かれていた。
この逃げ道を容赦なく塞いでおくところも計算づくか。

■土の枕
読んでいて実際にありそうな話だな、随分とリアル感があるなと思ったら、著者あとがきによると「ほぼ実話」なのだそうな。
人の想いも生きてきた証も、時代の大きな流れの前にはただ翻弄され呑み込まれ押し流されていく小石でしかないんだろうか。
それでも斯様な生き様をした人に労いの想いを抱くのも人情だろう。

 

『11 eleven』をはじめ津原氏の著書が、今回の幻冬舎との騒動によりそこそこ数が動いてるらしい。
バラされた部数から印税を計算すると、1ヶ月分の一般的給料にも届かないんじゃないかという数字にしかならず、作家稼業というものの厳しさを思い知らされる。
少しでも稼げるといいねえ。


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[読書]11 eleven (津原泰水)」への2件のフィードバック

  1. ていこむ

    日本国記にコピペが多いという批判は以前からネットで知っていました
    著者の百田尚樹氏の名前には既知感があって調べるとやはり探偵ナイトスクープの放送作家でした

    日本では思想の自由は保障されているのでどんな思想を持つのも自由ですが自分の言葉で語ってもらいたいですね
    最近戦争発言でバッシングされている丸山議員もその思想で罪に問われることはありませんが議員の発言としては不適切この上ないとは思います

    出版業界の慣習については私もその分かりませんしその是非は保留しています
    文庫版を出すかどうかについては幻冬舎が自分の裁量で決めるものでは無いかと思います
    それが てめぇ文句言ったな干してやる でも こいつの本売れねぇから出せるかよ でも良いと思います(口に出したらダメですが)
    いろいろ検討した結果出さないと決定しました で押し通せば良いのです
    なぜか著者の方から辞退したというふうに進めるのですね 僕悪くないもーーーん相手が引っ込めたから仕方がなかったんだよーーー って感じです
    それが嘘だからメールを公開されたんだと私は受け取っています
    幻冬舎の見城社長の香ばしさも含めてしばらく続きそうです

    ドラクエ10でバージョン4のディレクターが安西氏に決まった時 りっきー氏は安西氏が名乗りを上げてくれたと言ってました 安西氏はしばらく後の発言でりっきー氏から依頼されたと言ってます
    外部の人からは分からないしどちらでも良いことかもしれませんが なぜか自分がそう決定したとは言わないのですね

    五色の船の感想でちょっと連想したこと
    奇形で生まれた人の話らしいですね
    井沢元彦さんの逆説の日本史が好きで図書館でよく読んでました
    それに書いてあったのですが 秀吉のあだ名はサル禿ネズミが有名 もう一つ六本指があるそうです
    秀吉は六本指だったらしい ググるとかなり有名な話らしいです

    返信
    1. kampfer 投稿作成者

      百田氏はネットでは有名人で探偵ナイトスクープでの逸話も散見されますね。
      どうも彼はウケ狙いが全てに優先されるような人間にみえます。
      商売でもありますからそういった態度を否定するものではありませんが、こういう人は誰かが手綱をしっかり握っていないとろくでもない事になるんでしょう。
      その手綱を握るべき人が、同類の見城氏ではバランスの取りようもなさそうではあります。

      安西Dが名乗りを挙げたという話は私も確かにDQXTVで見ました。
      別の場所ではそれとは逆の発言をしていたのですね。
      そういう経緯がハッキリしない、責任の所在もなんだかよくわからないところはいかにも日本的な感じがします。

      秀吉の多指症については私もどこかで聞いた事がありました。
      ググるとよくある偉人の箔付け的な伝承というわけでもなく、しっかり複数史料に載ってる、ある程度信憑性の高そうな逸話なのですね。
      指が6本という程度であればそれほど問題にもならなかったのかもしれませんが、もっと重篤な形で生まれたなら・・・日本史も大きく変わったのでしょうね。

      返信

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